追悼 ビル・コリングス

先日、アコースティックギターのビルダー、ビル・コリングスが永眠された。
テキサス州にファクトリーを持つビルは素晴らしいギターを作り続けた。
僕のOMはアコースティックギターの基準として位置づけしている。
ビルの作るその音の分離感は秀逸で昔のマーティンなどいい材料と技術者がいた頃のギターを復活させた
まさに第一人者だと思う。
現在の大量生産されるギターとはクオリティが違って当たり前。
ギブソンの名機、Jー45も歌う時には使うのだがこちらは楽チン。
少々の荒れ感が歌に出ても大丈夫。だがコリングスはそういう訳にいかない。
音が繊細だけに歌のクオリティも上げなければならないからだ。
音に微妙なタッチが出る分、歌も繊細にならなければ、、。
でも歌の技術や心情到達性のレベルアップを考えればコリングスを持つのは大切な事。
とにかく練習する。どこまで失敗しても凝りん😢ぐすである。
久々ブログを書くと上手く書けない、でも凝りん😂ぐすである。
ゆっくりと眠ってください、ビル・コリングス様 黙祷ー!

エレキギターと遊ぶ

エレキギターと遊ぶ時にStudioに忘れてはならないものが2つある。
冒険に出る好奇心とピックだ。
その心と道具があれば上手くなくたっていい、、、。いや本当はダメ、、。
僕の口癖は「ギターを上手くなりたい」
思うように弾ける事が大切、早弾き、スロー ハンド、スイープ、チョーキング、
技術も大事だけど、その時の自分の気持ちがギターに伝わればOK。
音とリズムの狭間で僕はいつ答えが見つかるのだろう、、?

写真はジェームス.タイラーと僕との会話の風景。
そんな僕が生きてる絵が今は嬉しい。

1979年 初めてギターを持って歌った年。

スーパーアダマスが僕はどうしても好きだ。
弾きやすくて、綺麗で、このギターにしか無い唯一無二の存在。
青、赤、ベージュ、黒、ブラウン、5色のその中で僕はベージュが一番好きだ。

きっとギタリストなら憧れていたギターがあるだろう。
そしてそれを抱いた時、目を開けて見るべきギターを僕は瞳を閉じ感極まってしまった。
このアダマスを手にするのにはあまりにも遠かったからなのか、、、、。
35年は一瞬のようで永く、時の流れは瞬きする瞬間のように駆け抜けていった。

その時間を止めて僕は音のない闇の中でアダマスと会話した。

暫くしてそっと弦を弾いた、揺れた弦はネックを伝わりヘッドへと音が走るとボディーに帰ってきた。
丸いラウンドボディーに吸い込んだ音は、穴の空いた葉っぱの間から放射線状に外へと散らばっていった。

「どうか、僕の人生と最後まで付き合ってくれ、、、。」
楽器や人との間にある「縁」という言葉の意味が僕のカラダに沁みわたる、、
そんな新春のSTUDIO INだった。